……「白い悪魔」との戦いから数ヶ月が経過したある日、ボクは買い出しに出たランドルフさんに「デイブレイク」を任されていた。
「あら、今日はアルゴルちゃんがマスター代理なのね、ステキ♪」
デイブレイクの常連客、イルさんがカウンター近くの席に腰かけた。
「ステキなカクテルを1つちょうだい。
アルゴルちゃんの愛を、たっぷり使ったヤツね?」
イルさんがそう言ってウィンクしたのを見て、ボクがどうしていいか戸惑っていると、イルさんはそれを見ながら
「ウフフ♪
アルゴルちゃんは可愛いんだから~♪」
と何故か嬉しそうだった。
イルさんにカクテルを出し、軽く談笑していると、この辺りでは見た事のない男性客が店内にやってきた。
年齢はボクより少し上ぐらいだろうか。
……ボクは、その人が持つ空気感に不思議と既視感を覚えていた。
「あら、なかなかのイケメン!
この辺りじゃみないけど、旅の方かしら?」
「1週間ほどこの辺りで用があってね、まぁ、出張のようなものかな。
空港で聞いたんだが、この店は料理も美味いらしいね。
どんな料理が出来るんだい?」
男性客はカウンター席に腰掛けた。
「オススメは触手チーズグラタンよ。
……あ、でもマスターがいないと難しいかしら?」
イルさんはそう言ったが、
「作り方はボクも教わってますから大丈夫ですよ」
と訂正した。
「触手チーズグラタンか……」
男性客は何かを考えながら、小さく微笑んだ。
「……いや、知り合いがよく作ってたのを思い出してね。
それとカルーアミルクでもくれるかい?」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ボクはランドルフさんに教わった通りに「触手チーズグラタン」を作り、男性客の前に差し出した。
「熱いですから、火傷に気を付けてくださいね」
そう一言添えた後、男性客は触手チーズグラタンを口にした。
最初は美味しそうに食べていたが、徐々に男性の顔つきが変わっていく。
口に合わなかったのだろうか……?
「……この店のマスターっていうのは……」
「ただいま」
男性客が話し始めた時、買い出しに出ていたランドルフさんが店に戻ってきた。
そして、男性客とランドルフさんは互いの顔を見て、何故かしばらく黙りこんだ。
「……いらっしゃい、ゆっくりしていってくれ」
先に言葉を発したのはランドルフさんだった。
だが、その会話の後、男性客とランドルフさんは何も言葉を交わす事はなく、ただ男性客は静かに触手チーズグラタンを食べ、まだ口をつけていなかったカルーアミルクを飲み干した。
あまりの静けさにイルさんすら言葉を失っていた。
「……お会計、頼むよ」
男性客は食事を終えると、すぐに会計を済ませ、店を出ていってしまった。
「……あの客……何か言ってたかい?」
いつも穏やかなランドルフさんの顔が、少し雲って見えた。
「触手チーズグラタンを昔知り合いが作ってくれたって言ってたぐらいかしら?」
イルさんの言葉を聞いたランドルフさんは「そうか……」とだけ言って一息つくと、いつものランドルフさんに戻って仕事を始めた。
閉店後、ボクとランドルフさんだけの店内。
あれからボクは、あの男性客とランドルフさんの関係性が気になっていた。
いや、言葉を聞かなくても与えられた情報だけでなんとなくの察しはつく。
そんなボクに向かって、ランドルフさんは椅子に座りながら静かに語り始めた。
「……俺も昔はあちこちを旅する冒険者だったんだ。
今の仕入れ先はその頃の仲間たちでね」
これまでボクはランドルフさんが過去を語る姿を見た事がなかった。
ランドルフさんはいつも笑顔で、優しくて……だけど自分の事は語らない。
イルさんやお客さんに何かを聞かれても、上手く流していた。
ボクの素性に関係なく店にいる事を許してくれたランドルフさんも、もしかすると何かしらの事情を抱えているのかもしれない。
そう思っていたから、これまでボクはランドルフさんに過去をあえて聞く真似はしていなかった。
「……旅の途中立ち寄った街で、俺はある女性と恋に落ちた。
俺は冒険を辞め、彼女と暮らしていきたいと願っていたが、相手は良い所のお嬢様。
俺のような名もない冒険者との結婚が許されるハズもなく、家族に猛反対されたよ」
ボクは2杯のコーヒーを淹れ、ランドルフさんに1杯差し出し、ボクも傍に腰かけた。
「……別れる直前、最後の日。
彼女は俺に触手チーズグラタンのレシピを聞いてきた。
あの時はよりによって最後に聞くのはそれか?と思ったモンさ……」
ランドルフさんはコーヒーを飲みながら、小さくため息をついた。
「……それからしばらくしたある時、俺は彼女が病死したという噂を耳にした。
彼女には子供がいたらしいから、てっきりあの後、結婚したものだと思っていたんだが……最近知った話じゃ、死ぬまで未婚を貫いてたらしくてね……」
そう言いながら、ランドルフさんは悲しそうに笑みを浮かべた。
「……似てるんだよ、昔の俺に。
死んだ彼女に……」
翌日。
店に再びあの男性客がやってきて、店内はまた静まり返っていた。
先に言葉を発したのはランドルフさんだった。
「……美味いかい?
ウチのチーズグラタンは」
優しい声色でランドルフさんが問いかけると、男性客は小さくうなずいた。
「……昔、母さんが作ってくれたのと同じ味だよ……“父さん”」
男性客はぎこちなく笑って見せた。
ランドルフさんも、一緒にぎこちなく笑っていた。
親子……ボクはもう、本当の家族の事を何も思い出せない。
どこかで今も元気に暮らしているのだろうか。
密かにそう考えていた時、ランドルフさんの言葉が聞こえてきた。
「……紹介するよ。
彼はアルゴル……もう1人の息子同然の存在さ」
その言葉を聞いた男性客は優しそうな笑顔でボクを見ながら、
「……俺はあまり店に来れないから、父さんをよろしく頼むよ」
と、ボクに右手を差し出した。
“新しい兄さん”の笑顔は、どこか“父さん”と似ていた。
(後書き)
本編ではあえて伏せていたランドルフの素性についてそろそろ書いても良いかな、と書いたものです。
一応誤解のないように言っておきますが、ランドルフと恋仲だった女性とクレンゲル家は無関係です。
イチゴ味のおにぎりのエピソードを知っているのは冒険者時代にそちらの方と接する機会があったのでしょう。
同時にS.S.S.の強き者たちにも(施設関係者以外の)居場所を持たせていきたいという考えから、
本編後、アルゴルがランドルフに(戸籍上はともかく)息子同然に扱われる話もいつかやりたいと思っていたのでそちらとミックスした話です。
となってくると、(PCを除けば)
スピカ:アルベルタの人々
サビク:レオン、レテーナ
アルナアイリ:ジェメリー家
アルゴル:ランドルフ
次はルファクの番になるのですが…はてさて?w
S.S.S.を企画するにあたって、物語の始まりは古風なファンタジーっぽく、情報の集まる酒場にしたいと思い、設定を用意したのがランドルフ&デイブレイクでした。
店の名前「デイブレイク」はそのまんま夜明けという意味ですね。
星の絆の物語なので空にちなんだ名前にしたんですが、星が輝くのは夜なんだから夜系の名前の方が良かった?と今更ながらに思います。
でもこの場合は「新しい物語の始まり」的な意味でとらえてくれたら嬉しいですw
一応そういう意味合いではあったのでw
あとは酒場なんで、夜明けまで飲む感じ。
ちなみにランドルフというのは姓で、名前は秘密です。
この人は想像の余地を残しておきたいのでw
ランドルフさんのドット絵は現状作ってませんが、作るべきなのかなぁ。
立ち絵もないしない方がランドルフらしいかなぁ…と思わなくもなく悩み中。
※追記
ファイさんからご提案のあったレテーナSSに関してもやる方向でネタ出ししておりますが、レオン&サビクのターンが落ち着くまでもうちょっとお待ちくださると嬉しいです。
1. ランドルフって苗字だったのか…
イルさんの気持ちも分かります。 少し困ったような笑顔が似合いそう(酷)
ランドルフさんはどんな冒険者だったんだろうなぁ。
もしシーフ系だったら是非とも極意について御教授賜りt(殴)
謎に包まれたバーテンダーはロマンですね。
家族と引き離されてきた(?)SSSのメンバーも、
これからもっと家族と呼べる輪を広げていってほしいものです。
…他人事みたいな言い方になってしまいましたが、
プレイヤーの一人としてはやはり、その末端にでも加えさせてほしいものですw
アルゴル、私のことを「姉さん」と呼んでもいいのよ(←お前が姉かよ)
追記ありがとうございました! 希望を聞き届けて頂いて嬉しい限りです。
全裸待機は、この時期に風邪を引くと流石に単位が落っこちるので自重しますw
Re:ランドルフって苗字だったのか…
ランドルフ「……」
イルちゃんの手にかかれば大体みんなイジられキャラになるのである意味最強の存在ですw
若き日のランドルフさんは意外にかなりのパワーファイターだったりします。
デイブレイクにはランドルフとアルゴルがいるので、酔っ払いが暴れてもすぐに鎮圧出来ますね!
>アルゴル、私のことを「姉さん」と呼んでもいいのよ
イル「アタシがアルゴルちゃんのお嫁さんになったらお姉様って呼んであげるわ♪」
>全裸待機
はい、風邪にはご注意ですよ!(今まさに咳とくしゃみと鼻水に悩まされている星七号。咳き込みすぎて身体が痛いです)