それからいくつもの時が過ぎていた。
季節感のない無機質なこの施設では、どれだけの時が流れたのかハッキリとはわからないが、
それでもずいぶんと長い時が流れたように思う。
ボクは従順に『大人』達の指示に従い、
多くの苦痛を味わいながらも、多くの『敵』を滅ぼした。
ボクの頭髪はいつの間にか完全な白一色となり、
それはまるでボク自身が取り返しがつかない状態になっていく事の現れのようにも思えた。
「ごめんね……?」
ボクはさらなる力を手に入れ、ボクの技を受けた『敵』は、
何も残らずに消滅するようになった。
返り血すら、受ける事はない。
……それなのに、ボクの拳はいつも血に塗れているような感覚があった。
どれだけの『敵』を倒しただろう。
『大人』達はいつもボクに期待の眼差しを向けていた。
……それでもボクはいつか見た
『ゾルダート第2研究所』
『Per-βを超える実験体』
あの言葉が忘れられなかった。
忘れられなかったからこそ、強くなる事で『大人』達に
ボクの力を証明したかったのかもしれない。
※
「アルゴル……大丈夫か……?」
『敵』を消滅させ一息つくボクを、兄さんやスピカが心配そうな顔で見ていた。
「ボクは大丈夫だよ」
ボクは作り笑いを浮かべながら、シャワールームへと向かっていった。
「……本当かな……?」
「……」
兄さんやスピカが心配そうにボクを見ている事には気付いていた。
それでも、ボクは振り返らなかった。
※
シャワールームを出たボクは、『大人』達の中心人物、
『パテラ・フィズ・ナガサー』と話すため『大人』達の部屋へと向かっていた。
あれからボクは、自由な時間を使いつつ
マリアさんにも協力してもらって『大人』達の情報を密かに集めていた。
あのナガサーという男は、この施設の出資者であり、
誰もがナガサーの言いなりのようだった。
ナガサーがロクな人間でない事はわかり切っている。
だから、ボク達の自由を求めて交渉をしにいくつもりはない。
ボクはただ、
『ゾルダート第2研究所』
『Per-βを超える実験体』
という言葉が忘れられず、詳しい話が知りたかった。
※
『大人』達がよく集まっている円卓の部屋の様子を見たが、
ナガサーは今、ここにはいないらしくモニター越しに話している様子だった。
それでも何か情報が掴めるのではと感じたボクは、
物陰に隠れながら、中の会話を聞いてみる事にした。
「ケケケ……それじゃあ、次の議題だな」
ナガサーがそう言うと1人の白衣の男が話し始めた。
「では私から、Vir-αについてです。
この研究所で『飼育』を開始して10年近く経過していますが、
その能力は基準値をやや下回っています」
Vir-α……スピカについてだ。
彼女は彼女なりに努力をしている事を知っている。
だけど、その優しさのせいか非常になりきれていない。
「潜在能力は確かにあるように思います。
きっかけさえあれば、相応の能力を発揮する可能性もある。
処分は早いかと思いますが」
他の白衣の男がそう意見したが、
「ケッ、バカ言うな。
力なんてのは隠してたってなんの役にも立たねェだろうが。
オレ達はなァ、戦うための道具を作ってるんだゼ?」
ナガサーに反論され、すぐに黙り込んでしまった。
「……戦いの道具にならねェなら仕方ねェ……
幸い見てくれは悪くねェんだ……
スキモノ相手のオークションにでも出せば良い金になるだろ。
それなら早いに越した事はねェだろうが……ケケケッ」
「…………ッ…………!!」
ナガサーの下卑た笑い声に、ボクの心は怒りでいっぱいだった。
だが、それだけで話は終わらない。
「Oph-ηの扱いについて、提案があります。
彼の戦闘データは有用でしたが、既に成長のピークは過ぎています。
これ以上『飼育』を続けるよりも、新たな実験体を造り出すためのサンプルとして
『強化実験』を施したいのです」
……Oph-η……サビク兄さんにそんな事は絶対にさせない。
何があろうと、兄さんはボクが守る……
すべてを敵に回したとしても……!!
「ほォ、詳しく話せよ」
「強化実験の成功率は2割と高くはありませんが、
上手くいけばPer-βに匹敵する戦士を生み出せるかもしれません」
兄さんがPer-β……ボクに匹敵する……?
ボクを超える実験体というのは兄さんの事なのか……?
兄さんは確かに強い。
それでも、今はボクよりも明らかに劣る存在だ。
その兄さんが……?
ここまで考えて、ボクは無意識のうちに兄さんを見下してしまっている事に気付き、自己嫌悪した。
「失敗したらどうなる?」
「精神が壊れ、制御が難しくなります」
「それならダメ元で試す価値はあるか。
……失敗したらPer-βに処分させればPer-βの糧になるしなァ……ケケケッ」
ボクが兄さんを殺す……?
……そんな事、考えたくもない。
だが、それでもボクは想像してしまった。
ボクが、自分の拳で、兄さんを消し去る姿を……
「……第2研究所の方だが」
ナガサーの声でボクは我に返った。
ボクは、なんて事を考えてしまったのだろう。
やはりもう『悪魔』が本当のボクなのだろうか。
「お前らもご存知の裏切り者ユウジ・シラカミ……
ヤツの息子なら『絶対的な力』を使いこなせるかもしれねェって結論だ」
絶対的な力……?
「実験体のコードネームは『CMa-α』……人間名は
……テンジ・シラカミ……
こいつがPer-βを超えるかもしれねぇ……ケケケケケッ……!!」
テンジ・シラカミ……?
ボクは……知らないその名前に、敵意……そして、強い殺意を覚えた。
ボクは……負けない……誰にも……負けられないんだ……
ボクの価値は……最強である事だけなのだから……
(星七号の独り言)
アイドルデビューじゃなかった!
スピカの扱いについてはこれでも本来の想定よりマイルドになっています。
これだけ言えば……まぁわかるだろう、と。
そして、ようやくテンジの設定が話せますね。
シラカミという姓は星七号の地元・秋田と青森に跨がる「白神山地」から来ているのですが、
天+白狼(シロオオカミ)って感じで「天狼」を意識した名前。
テンジの武器も「天狼」。
天狼というのは中国語で「おおいぬ座α星 シリウス」を意味するので、
バレバレだったかもしれません。
というかめっちゃ書いてましたしねw
http://sputnik.ever.jp/archives/12657
本家S.S.S.ではプレイヤーキャラの過去を勝手に作る事は出来ないものの、
アルゴルを超えるかもしれない実験体として
いきなりプレイヤーキャラの名前が出る演出を想定していました。
(その時はCMa-αではなかったですが)
いきなり自分の名前出たらドキッとしませんか?
そのシーン、めっちゃ描きたかったんですけどねー!
という心残りがあったのでこういった形での公開となりました。
ただ、やっぱりこれは自分の名前でやったほうが楽しかった演出かと思います。
他の実験体と異なり人間名を持つテンジ。
父親は裏切り者とされていますし、テンジ周りも描きつつ、過去編は進行します。
ナガサーの話も書こうと思ったけど話長くなってるのでこの辺で。
1. 無題
個人的にS.S.S.の面白ポイントは「アルゴルを許せるか、許せないか」だと思っているので、ミアさんの言うように、アルゴルの今までとこれからを見守って理解していきたいという気持ちです。
しかしナガサーの施設運用が雑すぎて、アルゴルのメンタルが安定しなくてお気の毒。
Re:無題
>アルゴルに対しては、ルファクの気持ちが一番よく理解できる
立場的にもしかすると一番理解しやすいところにいるのがルファクかもしれませんね。
ゲームも漫画もアニメもなんでも、世に出たからには色んな解釈があり、
自分としての1つの解釈は言葉にするより話にするべきだと思うので、
頑張って書かなきゃという感じです。
>ナガサーの施設運用が雑すぎて、アルゴルのメンタルが安定しなくてお気の毒
権力を持ってはいけないタイプの人間ですからね…